|
Dark Brown(ダーク・ブラウン)
1991.10.31〜2003.3.13
ダークは1992.01.15に松山から飛行機で大阪にやってきました。2ヶ月半のダークは大型犬用の大きな檻に入れられており、そこを覗いた時に「いない」と言ったのがとても印象的でした。そのときの体重はたった700 g。想像してたよりもはるかに小さい子だったので、よう見つけることができなかったのです。
ダークは私達家族が初めて出会ったわんこでした。とても賢かったダークは3
日でトイレを覚えたのに続き、待て、来い、いけない等、基本的な言葉もすぐに覚えてくれました。また母や私には甘えるのですが、他人にはまったくかまわない子でしたので、散歩でリードを要したことがなく、一応持っては行くのですがつないだことはほとんどありません。
いつも遊んでいたのは「難波の宮跡」。ここで、ダークを知らない犬仲間はいませんでした。なにしろ、一番小さいのに強かったのですから。他のわんこ達の態度を見ていると、かなり上位にいたのがわかりました。他のわんこにはほえるのにダークにだけは尻尾をふって甘えてくる子もたくさんいました。もちろん、女の子にも結構もててましたよ(親ばかですかね)。
外出が大好きなダークは徒歩、自転車、車、電車で買い物やおでかけはもちろん、旅行にもよく行きました。近くは芦屋、花博、遠くは松本、軽井沢、志賀高原、十津川温泉等々。どこでも「おとなしいし、躾はできてるし、かわいいね!」といわれて、本ピン、飼い主共々とても自慢でした。時にはレストランの中にまで入ってきたこともありました。オーナーさんが「おとなしいからかまわない。連れといで」とおっしゃってくれるのですもの。ここには何回も行きましたね。
ダークは大袈裟でした。ちょっとあたっただけでもキャウキャウ鳴き、足を上げて三本で歩いて「痛いの」を強調してました。体が痛いときも私達が触ると悲壮な声で鳴き、あわてて病院に連れて行くと急にシャンとして「なんともない」顔をしてあきれさせられたこともあります。
そんな大袈裟な子なのに、最期に具合が悪くなってからはじっと我慢してました。注射されても、どんなに苦しくても、辛くても耐えてました。泣き言ひとつ言わずに。その上、これ以上ないほどダークのえらいところは、酸素吸入してても体はふらふらなのに、水すら飲みにいけないくらいだったのに、おしっこだけはトイレまで行くんです。用を足した後は疲れ果ててトイレの前でへたっていました。そんなに頑張らなくていいのに、とどんなに思ったことでしょう。なんていい子
なんだ、とどんなに思ったでしょう。
ダークの亡くなった日は久しぶりに暖かい日でした。昼にいつものお気に入りの散歩場所「難波の宮跡」に行きました。抱っこされたまま周りをじっと見つめて、すべてを目に納めて、一時間の散歩をしたのです。帰宅してすぐに亡くなりました。穏やかに亡くなりました。とても安らかな顔で眠りにつきました。
ダークは誰よりも大事な我が家の末っ子です。
だーく、誰よりもかわいいよ! だーい好き!
|